戯れ言

ジャニーズとvisualが生き甲斐

おもうこと

とあるブログを読ませて頂きました。

反対意見とかそんなんではなく、私は本人ではなく、病気になった本人を支える周りの人間の話を書かせてもらいます。

 

 

私の父は癌で約1年闘病生活をしました。
告知されてから我が家の生活は一変しました。

即入院し、大黒柱である父の収入は無くなりました。

パート務めの母は父の看病と入院費と、まだ学生だった弟の学費や祖父母と自身の生活費、色んなことを一人背負いました。

私は就職していましたが親元を離れていたため、親に渡すだけの余裕はありませんでした。

 

病気をした父も一言もツライともキツイとも何も言わず、ただただ母に感謝して私達に惜しみない愛と強さを教えてくれました。

今思えば強がりだったのかもしれません。

怖くて辛くて痛くて苦しくて死にたくなくてもがいてもがいてもがいていたのかもしれません。

入院が長引き、休職していた仕事を辞めないといけなくなった日。何も言わなかったけれど、あの日の貴方の心から落ち込んだ顔だけは忘れられません。昔から仕事が大好きだった貴方。

きっと辛くてたまらなかったですよね。

でも、死ぬ間際の「苦しい…!分からない…!」と言った言葉以外は私がどれだけ想像を膨らませて本人に思いに寄せて「ねぇ、苦しくない?痛くない?」と涙を浮かべて言っても少し苦しげに、でも最期まで微笑む人でした。

 

そして、いつ良くなるとも言えない終わりの見えない病気は、心身、金銭的にも周りも本当にしんどかったです。

でも母は一言もツライともキツイとも言わず、家事をして昼間は仕事に出、往復3時間を毎日運転し、夜は面会時間が終わってもいていいよと言っていただいていたので、ほとんど寝ずに何時間もただただ痛むであろう父の背中を撫で続けていました。

私はそんな母を見ていて、父の良くなる兆しが見えない中、母は私達はこの毎日を一体いつまで続けるのか…と思った日もありました。

でも母は1度も希望を捨てませんでした。

でも絶対に良くなるとも言いませんでした。

 

だから私達も希望は捨てなかったけれど、絶対に良くなるとも言いませんでした。

その日その日を大切に生きました。

一秒一秒、貴方の苦しみに思いを寄せて、でも貴方に代わることもその本当の苦しみも本人ではないので絶対に理解できないと言う想いも抱えながら、貴方を失うことへのカウントダウンに何度泣いたか分かりません。

 

大好きで大好きで本当に大好きで、父のことを死ぬほど好きな気持ちだけが母を、私達家族を動かしていたのだと思います。

悲劇のヒロインになりたかった訳でも、なんでもなく、本当にアナタを好きな気持ちだけでした。


つよしさんが病気になって、いつ良くなるのか見えない五里霧中の中にいて、きっと孤独も痛みも苦しみも沢山沢山あると思います。

他に気持ちを寄せるだけの余裕もないと思います。

一番ツライのは貴方。本人です。 

私達周りの人間は貴方の痛みも孤独も悲しみも、すべてを想像はしても共有はできません。

 

でも病気になった貴方を本気で愛して支えたい人がいること。

周りにいる私達ももがいています。

私達の痛み、貴方に伝わっていますか?

好きな気持ち伝わっていますか?

貴方を愛している人間がいること。

それだけは忘れないで欲しいです。