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戯れ言

お化粧バンドとKinKiを追っかけているBBAの戯言 twitter→@rururu_kakaka69

個人的に遠征した際に行きたいお店と観光リスト

かれこれ遠征すること100回以上。

 

好き嫌いが多く失敗したくない!お金もかけたくない!故に打ち上げは常に安心と安定のチェーン店の居酒屋。

観光するよりも目的であるライブまでにいかに体力を温存するかが大切であり、睡眠が何より大切なのでホテルをチェックアウトするのは大体12時。そのまま行くのはサイゼリアロッテリアが常。

 

それで大満足だった私の遠征の日々。

 

駄菓子菓子、去年の10月のKinKi@広島と12/23のKinKi@東京ドームで革命が起きた…!!

まず10月の広島。広島は毎年のように行くのですでに10回は行ってると思うのだが、お好み村と大好きな居酒屋と原爆ドームに行くことしかしたことがなかった。

今年は足を伸ばして安芸の宮島に行ってみるか~~と言うことになり行ったが最後。

2016年一番笑ったのではないかと言うくらい笑った。ゆったりとした空気に景色。これ病み付きになる。

そして12/23のドームの際に泊まったホテル。

そこは3000円するランチビュッフェ付きの宿泊だったのだけど、行かないと3000円損する!行くしかない!と行ったのだが、まぁ楽しい。

ドリンクは持ってきてもらえるし種類は豊富だし美味しいし静かだし。

この充実感を味わってしまったら美味しいもの食べて何となく観光もしたいよね~~!と言う思考になってしまった。

 

と、言う訳でとりあえずここには行って良かった店(チェーン店含む)と観光地、行きたい店と行きたいところを適当に貼り付けて行くだけの観光食べ物ド素人の私が個人的に書き込みを重ねていくものなので特に何もないタイトル通りのブログです\(^o^)/

 

・アンティコカフェアルアビス

大阪

 

ベルヴィル梅田

 

Sunny STORE&CAFE

 

 ・山口果物

 

カフェフルーツキッチン歩乃香

 

 ブラザースカフェ

 

・フレンチマーケット

 

・焼肉溶岩焼

https://r.gnavi.co.jp/b817200/

 

・しゃぶ蕎麦 小次郎

 https://r.gnavi.co.jp/62kst8nj0000/

 

 ・カフェカイラ表参道店

 

・sonna banana

 

行って良かった

・居酒屋信長

 

・高松のライブハウス、オリーブホールの斜め前のうどん屋さんとスーパーホテル

ライブハウスとスーパーホテルが100m程しか離れていなく物凄く利便が最高。

スーパーホテルの店舗によって朝食も違うがここは豊富でなおかつ安い(3000円くらいだった記憶)

・広島の宮島

 

 

 

SHOCK後の心境変化

前回SHOCKを初観劇した話を載せた。

それから1ヶ月。

 

私の心に物凄い変化があったので記念じゃ記念じゃ~~と堂本剛さん生誕38年のこの日にブログに書く。

 

元々私はつよしさん寄りのKinKiファン→二人とも好き→二人のソロ事も追うけどKinKiが一番→ソロ事付いていけない二人ファン→離れた→二人揃ったKinKiが好き(ソロ否定はしないがほぼ音源のみ。Spiral福岡は近場だったので参加)と言うスタンスで生きてきた。

 

そんな中、一生触れることはないと思っていたSHOCKの世界に初めて触れることができた。

 

圧巻、圧倒、悲しみ、感動、衝撃…凄かった。

 

堂本光一が17年、守り、成長させてきたものの凄さをまざまざと見せつけられた。

 

あの舞台を観て堂本光一に堕ちる人の気持ちがよく分かった。

と、同時にSHOCKをやることでKinKi活動をするスケジュールがなく、SHOCK=KinKi活動を阻むものだと苦虫を潰したように思っていた気持ちが楽になった。

勿論、スケジュール的にもやりすぎだし、今の半分ほどに減らして欲しい気持ちは無くなっていないけれど(笑)

 

SHOCKに触れたことで「一つ一つの仕事の中で成長できるところを見つけ、やりがいを感じることがお金には変えられない」そう言った仕事人間の堂本光一に「ビジネスパートナー」と呼ばれ、彼の隣で26年当たり前に仕事をしている堂本剛の存在の大きさをより実感した。

 

あれだけ完璧だストイックだといわれている堂本光一の隣に唯一いる背中合わせの堂本剛を思うだけでKinKi Kidsって凄い…!と心の底から思ってワクワクし、なんかもうそれだけでKinKi Kidsって尊いし無敵じゃん。と思えた。

 

頭では分かっていたんだけど心が理解するところまで行き着いていなかった。

ずっと心のモヤモヤを抱えて言い聞かせていた。

SHOCKを観たら「堂本光一堂本剛がお互い唯一背中合わせの存在」がストンと心に落ちてきた。

そうしたらすべてのことが楽になり「カンパニー」「バンメン」と言う言葉が出るたびにひそかにざわついていた私の心が物凄く穏やかになった。

 

SHOCKは私にKinKi Kidsの素晴らしさとソロの素晴らしさの両方を教えてくれた。

つよしさんのソロもまだ未開の地。なかなか地方に来ることはなく、福岡以外でソロにお金を使いたくないと思っていた自分がいたが今は素直につよしさんのソロにも、つよしさんがまた生きたいと思えたと言うバンメンさんにも触れたいと思っている。

未開の地を踏んだ時に何を思う自分がいるのだろうか。

ワクワクする。

と同時にKinKi Kidsに再び触れたときの感覚も変わるのかなとワクワクしているのでKinKi Kidsの活動も待っている。

 

 

最後に。

堂本剛さん38歳おめでとう。

38歳もあなたが生きたいと思う人生を生きれますように。

穏やかで楽しい日々を過ごせますように。

Endless SHOCK初めて見ました

Endless SHOCKを初観劇した。

 

 

 

 

 

 

 

すばらーーーーーー!!!!!!(素晴らしいのNEWS手越用語)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終わった瞬間この言葉しか出てこないくらいに語彙力を奪われた。

私の人生に久方ぶりに文字通りSHOCKを与えてもらった。

 

※以下ストーリーネタバレ含む

SHOCK初演の2000年。

当時すでにファンだった私は自宅に届いた幸せの青い封筒を開けた時の「帝国劇場」の文字に「東京?…無理…」と諦めたことを思い出す。当時小学生でド田舎の島住みだった子どもな私にはKinKiコンすら行けない環境での東京、ソロ活動は異国の話のようなものだった。

その日から10年近く階段落ちなどのワイドショーは見るもののずっとずーっと無関係だと、行くことはないと思って月日が過ぎた。

遠征できる年齢になった頃にはKinKiから離れかけ、一番近い博多座での上演が決まった頃にはKinKiから完全に離れていたので何気なく見た新聞記事で博多座上演を知ったくらいだった。出戻ってからもソロよりKinKiにお金を回したいと思って避けていた。そんなこんなで17年が過ぎた。 

KinKi友達もいなかったので幸か不幸かストーリーも劇中の曲も、本当に何もかも知らずに生きてきた。

そんな中で観た初めてのSHOCK。

 

  

コウイチは素晴らしく輝いていた。

踊る彼、歌う彼、舞う彼。指先、足先、すべてに魅了された。

高みを目指すあまりにすれ違い孤独になっていく彼の想い。バラバラになるカンパニー。

小さい頃からのライバルであるヤラ。

いつも主役をはるコウイチの次のポジションにしかなれず、好きな子はコウイチを見つめている。野心と保守とずる賢さ。悔しさ、悲しさ。 

殺陣も階段落ちもフライングもすべてに魅了されたがとにかく私はヤラと言う存在に泣かされた。

彼だけが悪いのではなく、少しの出来心が最悪の結果を生み、苦しめられる彼の思いを感じると自然と涙が溢れた。

彼の背負った十字架の重みの前に胸が潰される思いだった。

コウイチと言う人物の死を通し、儚く強く消え行く最期の時まで全身全霊で挑み、カンパニーが1つになる美しさと悲しさが存在し、観ている者にカタルシスを感じさせるのだろうと思ったし、観終わったあと友人に自分の感想を話したところカタルシスの話をされ納得した。

だが私は人生において主役になったことがなく、どちらかと言うとヤラと言う人物に近い生き方をしてきたせいかどうにもヤラのことばかりを思ってしまい、しばらく立ち直れなかった。

ヤラは思いを浄化できたのかだろうか、後悔はないのだろうかと心が少し折れたまま初観劇は終わった。

 

素晴らしさと興奮と折れた心を抱え、終わってからもしばらく気持ちを切り替えられなかった。

それくらいに引き込まれる舞台だった。

光一さんの言っていた「演じる方もストーリーを通じてお客さんになにかを伝えたい」と言うのはよく分かった。

私にはその「何か」が他の人とは違ったところもあったが、久しぶりに高揚し、1つになることの意味を考えた舞台だった。

 

私の感じたうまく言葉にできないこの思いを色んな人に感じて欲しいと思い、秋の博多座は初観劇の友人を誘って行きたいと思っている。

17年触れることのなかった、触れようとしてこなかった世界。

開けてみると素晴らしい世界があった。

今このタイミングが私にはベストだったのだろう。

光一さんが17年かけて作ってきた世界は本当に素晴らしかった。

見続けて来た観客にしか分からない思いも沢山あるんだろう。

私が関われたのは2017年のEndless SHOCKの世界だったが心底幸せだった。

そこにはKinKi Kids堂本剛も到底入れる世界ではなく、それこそ剛さんの「お互いを排除するとかそういうことではなく、お互いが到底入れない世界にしないとソロをやる意味がない」と言っていた言葉がぴたりとはまるものだった。

本当に有意義なものだった。

次は剛さんのソロの世界にも触れたい。

未知の世界、「お互いが到底入れない世界」と言うものを体感したらもっとソロもKinKiも好きになれそうだと思った。

 

Endless SHOCK。

この舞台との出会いは確実に私の人生を豊かにしてくれた。

すばら!!!!!

 

 

 

 

バンドのこと。好きを思うままに。

バンドのこと。活動休止から3ヶ月。

KinKiの事は一切書いてません。

 

http://aydo.hatenablog.com/entry/2016/04/06/014927

 

この記事を書いた時、「後悔しないように!2016年も全力で!」と言う目標で締めた。

その言葉に嘘はなく、現実に2016年は濃かった。

だが実際のところ私は活動休止への実感がなかった。

ライブがなくなるだけでいつもの面子と会ってバンドの話をしてたらいつの間にか活動再開してるでしょwなんて笑って。

発表があってから活休までの約7ヶ月。

その間に春ツアーの残り20数本とインスト、活休前ラストツアー。彼らに会う機会がたくさん与えられていたこともあり以前と変わらない日々だと感じていた。

さすがに11月の活休前ラストツアーはそれまでのギリギリな心身状態での苦しいバンド活動から解き放たれて、「このメンバーもファンも大好きだ」と言うボーカルの言葉に毎公演泣いた。特に彼らの地元である仙台公演は愛に溢れていてしばらくこの地で彼らに会えなくなるんだと思ったら涙が止まらなかった。

最後には爆笑のハプニングがあったからこそ余計にこの愛すべき馬鹿バンドが愛しくて終わってからも涙涙の時間だった。

勿論、20161123も泣いた。

でも最後は涙ではなくて、これ以上は体が死ぬwwwやめてwwwとみんながヘロヘロになり笑いながら終わる本当に“らしい”活動休止前ラストライブだった。

“寂しい ”よりも“楽しい”を沢山貰って終わったツアーだった。

 

そのせいか、20161123に活動休止をしてからも活休の実感が沸かなかった。

友人たちと「この期間に旅行行こうよ!」「他のバンド行くわw」「婚カツ妊活するかな」「私はKinKiだけに集中する!」なんて活休が発表されてから活休まで話していたことと変わらない会話を楽しんでいた。

 

だが年が開けて1月下旬。

「あれ?いつもだったらこの時期はFC限定ツアーでワイワイ言ってて、ツアーが終わる頃には次の春ツアーの日程が出て、どこ行くー?なんてグループLINEが動きまくって作戦会議が開かれてる頃だよな」となんだが急に“寂しい”が押し寄せてきた。

TwitterのTLもみんなが同じ思いになっていたようで“寂しい”が並ぶようになってきていた。

 

例年行われてきた1月FC限定、3月アルバム発売&インスト、4~6月春ツアー&インスト、8~9月別名義でのツアー&インスト、10月FC旅行&対盤イベント、11~12月冬ツアー。

 

活動休止から3ヶ月も経っていないのにこんなに寂しくなるなんて。

 彼らを好きになって10年ちょっと。

コミュ能力が低くこのバンドを好きになるまでの10年。KinKiが好きだったが友達を作るきっかけにすら手を出す勇気のなかった私が一生大切にしたい友人を沢山貰い、日々を振り返れば沢山の思い出が蘇るこのバンドはやっぱり別格だった。

 

2020年の20周年までに帰ってくると彼らは約束してくれた。

会えない時間が愛育てるのさ目をつむれば君がいる~なんて郷ひろみさんは歌っていたが本当にそれをひしひしと実感している。

 

当たり前が当たり前ではないこと。

あの与えて貰っていた日々は当たり前ではなく特別な毎日だったんだなって。

彼らが心身を削って与えてくれてきたおかげで「こんなツアーされたらお金ないよ!笑」と愚痴りながらも“寂しい”なんて思う暇もないくらいに幸せな悪夢を見続けていた日々は特別だったんだって。

活動休止が発表された時の思いをブログに書いていたが自分よ。そんな甘いもんじゃないぞ!笑

でも活動休止がなかったらこんなに会いたくて会いたくて震えるこの想いも経験できなかったと思うと良かった。

解散ではない未来を残してくれた彼らに感謝しかない。

なんて幸せなファン人生なんだとしみじみ思う。

 

活動再開したときにはこのブログに書きたい。

その日まであと何日かな。

その日までにあと何回寂しいと思うか分からない。そんな時、このブログを読み返そうとそう思う。

 

 

『明日の明日もその明日も 同じ日々の繰り返しだなんて つまらないだろう生きる意味が見えない ねぇ

ありふれて呆れてしまいそうな 言葉の綴りは好きじゃないけど ここに置いておくよ 必要になるときがあるから』

 

大好きな歌詞もここに置いておくよ。必要になるときがあるから。

2016年参戦振り返り

2016年も早いもので今年も残り数日となった。

ジャニヲタの面でもバンギャルの面でも様々なことがありすぎて兎に角濃かった2016年。

今年最後の参戦現場であるKinKi@東京ドームが終わったので2016年を振り返ってみた。

 

 

 

1/16 the GazettE@福岡市民会館

4/29 ナイトメア@京都KBS

5/5 ナイトメア@福岡ドラムロゴス

5/28 NoGoD@熊本ドラムBe-9

6/12 ナイトメア@広島クラブクアトロ

6/18 ナイトメア@なんばハッチ

6/25 ナイトメア@豊洲PIT

6/26  ナイトメア@豊洲PIT

7/3  地盤対盤@長崎ドラムBe-7

8/30 仙台貨物@福岡ドラムロゴス

9/25  金爆FC限定@サンパレス福岡

10/8 KinKi@宮城セキスイハイム

10/9  KinKi@宮城セキスイハイム

10/29 NoGoD@大阪MUSE

10/30  KinKi@広島グリーンアリーナ

11/8 ナイトメア@福岡ドラムロゴス

11/12 ナイトメア@ブルーライブ広島

11/19 ナイトメア@仙台PIT

11/23 ナイトメア@東京体育館

12/23 KinKi@東京ドーム

 

20本。

半分は本命バンド。

KinKiアリーナツアーもあったのでいつもよりKinKiが書かれている。

嬉しい。

今年は過去最高に天災に巻き込まれた年で年明けの九州の大雪、熊本地震、夏の台風の影響もあり4本行けなくなったライブがあった年だった。

ここまで天候や災害に左右された1年はコンサートに行くようになって10数年でも初めてだった。

KinKiの17年ぶりアリーナツアーや本命バンドの活休発表、ラストライブ。

本当に10数年のヲタク人生の総集編のようなすべてが詰まった1年だったなとしみじみ思う

ヲタクになって約20年。

これからもずっと止められない止まらない状態でヲタクで生きていくのだろうなとぼんやり思うが、50年後の私にいつがターニングポイントだった?と聞いたらきっと2016年と答えるだろう。それくらいに濃い1年だった。

涙もろくはあるもののヲタ活ではほとんど泣かない人間な私。

そんな私が今年はとにかく悲しい悔しい寂しい嬉しい幸せだと泣いた1年だった。

 

2017年。

もう悲しい悔しい寂しいとかそんな涙は嫌だ。

嬉し泣きを沢山できる1年にしたい 

先振り文化

バンギャルを長くやっていて久しぶりにジャニーズの世界に再び足を踏み入れた時、「うわ、ジャニーズに戻ってきた…!」と一番感じたのがチケットやFCの申し込み方法だった。

 

バンド界隈はマイナーな小さな事務所が郵便先振り込みを採用しているところが少しある程度で今はほとんどのバンドがFC入会や更新、チケットの申し込みから支払いまで自宅にいながら、外出先で、スマホで指1本で出来る。

 

私が追っている4バンドも1バンドが小さめの事務所なので長年郵便振り込みだったがこの何年かでネットになった。

 

それくらい私の中で指1本ですべてが出来る世界が当たり前だったのでジャニーズに再び足を踏み入れた時の郵便局の青色用紙を見た時は色んな意味で震えた。

 

嵐や堂本剛さんのソロなどネットで申し込みをしてあとから支払うと言う方法が取られている公演も一部あるが(他にもあるのかもしれないがそこまで詳しくないのでご容赦願いたい)、基本的には郵便局で専用の振り込み用紙or青色用紙での先振り込み→当落を電話で確認→チケット郵送の流れがジャニーズは一般的だろう。

 

ここからはKinKiのみの話になるが。 

先振り込みシステムは理解できたが何より驚いたのが当落発表である。

そもそも幸せの青色封筒のコンサート案内の用紙にいつ当落が出るのか明記されていないことが衝撃だったし、当落をプレイガイド発売並みに頑張って電話しないと分からないと言うのも「え、今いったいいつの時代なの…!?」と衝撃だった。

バンドなら申し込む時に当落発表がいつなのか明記してあるし、その日時になれば当落の記載されたメールが届く。

クレジットカード支払いにしていれば当選時に自動的に引き落とされているのでチラッとメール確認する程度で終わる。

何より本命バンドは倍率も低いので取れないと言うことがほぼないので保険もかけない。故に取れることが当たり前すぎて取れた喜びも少なく、お金の計算をして友人たちに知らせる程度。

唯一高鳴るのはコンビニでチケットを発券して店員さんに「こちらで間違いないですか?」と確認を求められて番号を目視する時。

人気のバンドも特にワクワクすることもなく、先振り文化ではないので必然的に申し込みだけとりあえず!なんて人も多いので取れなかったら探せばどーにかなる程度の認識で。(ここまで話すとボロクソ言っているようだが大前提としてどのバンドも人生かけるくらい大好きだし、ライブも全力で楽しんでいる)

そんなチケ取り環境でのジャニーズのアナログさに凄いな…と感心と新鮮さすら抱いた。 

 

KinKiに出戻って2年。

KinKiのコンサートと言えばソロを除いては年末の京セラドーム、東京ドーム公演の4公演。

年末年始は無理なため必然的に用紙を書く枚数もそんなになく、当落確認電話(KinKi界隈では通称熊狩り)を頑張るくらいで。

 

そんな中での久しぶりのKinKiアリーナツアー。

 

コンサートに行ったのはKinKiが初めてだったが田舎の学生ゆえに遠征なんてできなかったし、遠征できるようになる頃にはKinKiから離れていた。

バンドは細かく地方を回るので追いかけやすく友人も多ステ派ばかりなので必然的に私も多ステ派ヲタクになっていた。

今回もできることなら行けるだけ行きたい…!だが厳しい戦いになることは分かっていた。

必死に書いた。書きまくった。

友人の分も書いたので最終的に10数枚の青色用紙を書いた。当たれ~~!チケットになって帰ってこい~~~~!!と念じながらの1文字1文字。

大量の札束。

すごくワクワクした。

 

当落発表がいつなのかはチケット発送が大体公演2~3週間前なので8月末かと考え特に待つことはなかったが当落が始まったと知った時のドキッとした胸の高鳴り。

 

続々と落選を知らせるTwitterのTL。

 

怖くてワクワクして。

熊狩りする1回1回がドキドキした。

繋がった時の今から判決を待つ被告人のような気持ち。

 

「落選」

「落選」

「落選」

「落選」

「ご用意できました」

 

機械音のお姉さんの言葉にこんなに歓喜したことがあるだろうと言うほどガッツポーズをして涙目になりながら震える指で同行の親友に電話した。

 

数が多かったのでまた熊狩り…

 

結果として1公演取れた。

嬉しかった。

 

 

指1本ですべてが出来る世界に浸っていた私だがこうやって苦労して書いて何百回も電話して当落聞いて。

チケットって本来こんなワクワクをくれるものなんだって久しぶりに心からチケットを取る行為にワクワクした。

 

ジャニーズに戻ってきた~~!と実感した私の話。

ジャニーズのアナログさっていいものだね。

 

孤独に生きてきたジャニヲタが馴染むことをやめたら楽になった話

以前こんなものを書いた。

 
 
それから月日は経ち2016年も5月後半に差し掛かっている。
相変わらずKinKiが好きだ。
 
でも、なんだかTwitterにいるとモヤっとすることが増えた。
 
初めてKinKiを好きになった時と出戻った時。
大きく異なったのは孤独に生きていた頃と違い、TwitterなどSNSで簡単に情報が手に入り、KinKiを好きな知り合いが私のような人間でもできる所だった。
 
楽に情報も知り合いも手にいれられる。
なんて素敵な時代になったんだと感動した。
 
異常なくらい執着していた以前とは違い、関東のみの放送に唇を噛むこともなくなり雑誌やCDを欠かさず買わなきゃいけない義務感に囚われることもなくなっていたのですごく快適なヲタライフを送れていた。
 
Twitterにいると昔のエピを上げる人、ポエムっぽい人、動画を上げる人、絵をあげる人…沢山の色んな人がいてジャニヲタの分母の広さを改めて実感して凄い!楽しい!と思った。
 
だが段々と自分が疲れていることに気付いた。
 
友達が欲しい気持ちはあるが自ら声をかけたりタグをしてまで欲しいかと言えばそうでもない。広く浅くは嫌い。でも色んな人と知り合いの人たちは楽しそう。羨ましい。でもめんどくさい。そんな矛盾。
何よりも自分の中で相手が大事でも相手がそうとは限らないじゃないかと言う自己肯定の無さ故のネガティブ。   
 
それにTwitterの便利な機能により色んな人の考えや面白ブログを見れ自分の視野も広げてもらえて幸せだった反面、入れたくない情報、見たくないことを見ることも増えた。KinKiファン特有のソロ論争やアンチなど私は平和に生きたいだけだったのに必要のない世界まで見ることも増えた。
 
腐的なものを鍵なしで呟いたものやダメだと再三言われている雑誌の早売りが回ってきたりそれに対して抗議するTLが溢れたり…
 
録画に追われたり色んなことに執着して疲れなくてよくなったのに今度はTwitterに疲れるようになってしまった。
ヲタ活を一人でしていた時の方が純粋に好きだったなぁなんて思う日も増えた。
 
 
そんなアホみたいな思いを抱えたまま過ごしていたこの数ヵ月。
ならTwitter辞めればいいんじゃない?と思われると思う。でも情報源であり、ジャニヲタ人生において孤独に生きてきた私でも気にかけてくれるフォロワーさんが何人かはいるので辞めたくはなかった。
矛盾だらけだった。
 
 
そんな時、中学の友人と10数年ぶりに会うことになった。
特に同じグループにいた訳でもなく、特別仲が良かった訳でもないのだが、思い返せば週2回の塾の休憩時間は不思議と彼女と話していた笑顔の記憶ばかりだ。
彼女も剛さん寄りのKinKi好きでジャニーズがダサいと言われていた中学時代においてオープンに剛大好き~~♡と大声で言っているような本当にいるだけで元気をくれる子だった。
そんな友人との久々の再会。
彼女は全く変わっていなくてやっぱり元気をくれる子だった。
そんな盛り上がる最中での彼女の一言に私の時が止まった。
「私ね、中学の時いじめられててさ~~」
え?嘘でしょ?本当に知らなかった。
そう告げると
「うん、知ってる(笑)あーの周りって平和だったでしょ?この人はイケてるからとかイケてないからとか人によって接する態度をあーは変えないでしょ?だから私にとって癒やしだったの。塾の休憩の時私、あーの所によくいたでしょ?人によって態度を変えないあーに癒やされに行ってたんだよ。」
とそう言って笑った。
 
驚いた。
とにかく驚いた。
そして、胸が痛かった。
たしかに曲がったことが大嫌いな母親譲りの正義感が強めの性格なのは自分でも自覚していたが、そのせいで「みんなで無視しようよ」なんて幼稚なことをする人(だが残念ながらそういう子がリーダー格だったりする)がいたら真っ向からキレて対立していた。みんながなんとなくその子に従い上手くやっていく中で、自分を曲げずに馴染めない上手く立ち回れない孤独感と、でも苛めたりするのは嫌いな正義感の強い自分が嫌いで嫌いでたまらなかった。
 
彼女の言葉に「私は劣等感の塊だったし、人によって態度を変えないように見えたかもしれないけど、そんな自分が嫌いだったよ。癒やしだなんて言われる人間じゃないよ」とは返せなかった。
 
彼女にとっての私はそのイメージなんだろうけど、彼女の話を聞いていたら大人になってまで劣等感の塊でウダウダと悩んでいる今の私はなんて恥ずかしいんだろう…そう思った。
 
そして彼女は続けた。
「久しぶりに会っても変わらないね。私ね、あーとは会わなくても絶対繋がっていられる人だと思ってるんだよ。大好きなの。」
 
劣等感の塊だった頃の私を癒やしと言って知らぬ間に好いてくれている人がいた。
笑い話くらいのテンションで話していたので「なにそれ!(笑)勝手に好かれてる~~笑」なんて笑ったけど泣きそうだった。
 
なーんだ。馴染もうとか色んなことしなくていいじゃん。私は好きなようにやろう。
そう思ったらなんだか吹っ切れた。
見たくないもの知りたくないことは見ざる聞かざるの逃げの精神で生きていこうって。
 
 
そんなこんなでまずは相互している方やリアルでの知り合い以外のフォローを減らした。
それから色んな情報を入れることをやめようと申し訳ないがフォローしている方たちのRT機能を非表示にさせてもらった。
気になったものはその方のページに飛んで見るようにした。 
TLに表示されるものを好きな人の言葉だけにしてみた。 
 
それでも入ってくることもあるのでKinKiのことはガン見して、TLは薄目で見ること。
 
 
これがすこぶる快適である。
 
 
逃げなのだろうし、範囲を狭めることは自分の視野を狭くしてしまい考えが偏り良くないことだとは分かっているが私にはこれしか私自身が醜くならない方法が思い付かなかった。
苦手なものや嫌なことから自分を守るための防御だと思うことにした。
 
 
来るべきKinKi20周年ライフ(過度な期待は禁物←)を昔みたいな純粋な気持ちで快適に迎えるために。
 
孤独に生きてきたジャニヲタが馴染むことをやめたら楽になった。そんなお話。